第6便:  〜 ゴルフの思いで、そして今年の夢 〜


 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 

 私がゴルフを始めたのは1980年に会社に入ってすぐの頃でした。親切な職場の先輩が、社会人ならゴルフ位できないといけないと、その先輩が使っていた右打ち用のハーフセットのクラブを私にくれたのがきっかけでした。ゴルフを最初に教えて頂いたのは、会社で慶応の先輩で同じ寮に入っていた川田さんでした。川田さんは、慶応時代は体育会野球部のレギュラーで神宮ではホームランを打ったこともある選手、ゴルフも球筋が違うというかプロみたいという感じでした。私は左利きだったので、右打ち用のクラブでは、空振りするやらチョロるやら全くゴルフになりません。川田さんもきっと教え甲斐のない、運動神経の鈍い後輩だと思ったことでしょう。(残念なことに川田さんは、その後私が米国駐在していた頃、米国のアトランタ出張中に不幸にもくも膜下出血で急逝されました、合掌。)

 へたな右打ちゴルフが、少しまともになったのは米国駐在の頃、それでも100をほとんど切れないゴルフでした。ゴルフをやるチャンスが日本より増えて、たくさん振っている中に右打ちの勘というかリズムが掴めた程度だったのかも知れません。ゴルフがおもしろいと感じるよりも、どうしたらうまくなるだろうと悩んでいた時間の方が長かったような気がします。真剣に左打ちに変えようかと思ったのもこの頃でしたが、左打ちのクラブは種類が少なく値段も高い、野球選手では野球は左、ゴルフは右打ちで上手な選手がたくさんいるから右打ちでも大丈夫と言われて結局今日まで右打ちです。 
 今でも体重のわりに飛ばない、左が早く開いてスライスが出やすいのは、左利きなのに右打ちだから「左手は方向性、右手は距離」というゴルフ理論と逆になっているせいだと自分で納得したりしています。1年中ゴルフができる環境の米国のサンフランシスコの近くにあるパロアルトというところに住んでいたので、今考えればもっとゴルフをやっておけば良かったかな、そして世界的にも有名なPebble Beach Golf Courseもそう遠くではなかったので一度はやっておけばよかったなと後悔しています。その時は家族も一緒だったのでゴルフばかりやってはいられないという事情もありましたが、テニスをやったり、その当時強かったアメフトの49rsの試合をテレビ観戦する方がおもしろかったのかも知れません。慶応工学部の先輩の山川さんにサンフランシスコ三友会ゴルフコンペ(三井系企業を中心とした 会)でお会いしたのもこの頃でした。10年近く経ってからまた台湾で慶早戦や台湾の三友会コンペでご一緒させて頂いているのは本当に不思議なご縁でしょうか。

 本当に自分のゴルフが、それなりにゴルフらしくなったと感じたのは、台湾に来てからだと思います。5年近く台湾にいるうちにもう200ラウンド以上はしたでしょうか。自己ベストの87(林口ゴルフ場)は出せたし、ゴルフコンペでもたまに優勝させて頂きました。特に昨年の慶早ゴルフ対抗戦は、運がとても良く6月(第24回)と11月(25回)ともダブルペリアのハンデに恵まれて準優勝と優勝をさせて頂きました。残念ながら団体戦の勝敗を決めるグロススコアの慶応10位までに入れませんでした。今年参加の機会があれば、今度は是非団体戦V4に貢献したいものです。

今は新竹に住んでいます。

2004年1月某日、新竹にある新豊ゴルフ場“中”コース4番ホール、打ち降ろしのショート、ピンはグリーン左奥、距離は120ヤード 風はいつもの左から右へのスライス。9番アイアンで思い切って左サイドを狙って打ったボールは思った通り風に戻されながらグリーンの左側を捉えたと思ったらそのまま転がってカップイン。ゴルフを始めてから24年目の初めてホールインワン!!うれしいやらびっくりするやら。そこに突然 同じ会社の和田さん(三田会メンバー)が「お祝いと二次会はどこでやろうか」と質問、某保険会社の山田さん(三田会メンバー)が、「うちのホールインワン保険に入ってないよね、どうする?」と言い、某百貨店の鶴田さん(三田会幹事)に「記念品はどうしますか」と言われ、3人に囲まれて・・・・・・なところで目が覚めた。今年の初夢は、正夢か逆夢か。正夢ならば、今すぐホールインワン保険に入らなければ。
でも一度はやってみたいホールインワン。

正月にちなんで、今年のゴルフの目標

@     慶早対抗ゴルフ団体戦 

A     自己ベストの更新 

    B 三友会優勝(三田会とは関係なくてすみません)

ゴルフの夢(夢はかなう?)

@ホールインワン

 ATiger Woodsとゴルフ

 Bスコア 72

初夢にご登場頂いたお三方をはじめ、三田会の皆様にはいつもお世話になっております。今後ともよろしくお願い致します。

こんな役にも立たないエッセイを書いたらリレーエッセイの次の方は書きやすくなると思います。リレーエッセイがこれからも長く続きますように。

               (昭53 工学部卒 高木洋)