台湾全録股イ分有限公司
董事 大場 知之氏 
(昭和46年 法学部政治学科卒)



 現在のお仕事についてご紹介ください

台湾全禄は富士ゼロックスと中国信託グループとの合弁会社で、おかげさまで今年で35周年を迎えました。私は富士ゼロックス側の常勤董事として、両企業間の円滑な関係を維持しつつ経営アドバイスを行うのが主な仕事ですが、ローカライズが進んでいる為、従業員1000人強の会社で唯一の日本人駐在員として、要請があれば何でもこなすスタンスで仕事をしております。主な事業内容はカラーデジタル複合機、白黒デジタル複合機、高速から低速までのプリンターを中心としたハードの販売と保守及びDocuWorks(ドキュメントハンドリングソフトウェア)、DocuShare(情報共有ソフトウェア)他のソフトを活用して、お客様の経営課題を解決すべく@営業力強化、Aトータルコスト削減、BISO14001対応、Cセキュリティーの強化を中心に、お客様のドキュメントを中心とした電子化環境作りのお手伝いをさせて戴いております。
又、来年の春を目標にブロードバンド時代に対応した、ネットワークセキュリティーサービスを導入する予定です。特にシステム管理者がいらっしゃらないお客様には注目していただけると思います。


 台湾に赴任されてから、お仕事上何か戸惑ったり苦労されたことはございましたか


そうですね、来台してから2年半になりますが、仕事上で困ったことは余りありませんですね。もともと楽天家なので常に何とかなると思っているからでしょうか?没有問題と言う言葉は好きですね。
ただ、来台時はSARS騒ぎの時でしたので、色々な思い出が記憶に残っています。
連日のように送別会を開いていただき、ダンボール1箱のマスクを頂いた事。又普段なかなかお会いできない人にも送別して頂いた事。とても嬉しかった思いとともに当時の日本ではかなりオーバーな雰囲気でしたね。


 台湾に赴任される前と現在とで、台湾に対する印象はどのように変わりましたか

実は台湾には仕事でも観光でも一度も来た事が有りませんでした。
従って台湾に対する印象は非常に薄かったように思います。
でも2年半の台湾での生活を通して、何故か不思議な気持ちになっております。
日本にいるのと余り違和感がないと感じているのは私だけでしょうか?
アジア人、漢字文化、料理の美味しさだけではなく、とても親近感を感じております。
私の友人で定年を待たずに退職し、台湾でビジネスを成功させている方がおりますが、何故か分かるような気がします。

 台湾の生活をどのように楽しんでいらっしゃいますか

ゴルフ三昧、台湾朋友との乾杯、三田会メンバーとの交流、駐在員同士の交流、美味しい台湾料理、それから最近やっと見つけたジャズを楽しむ空間等々、時間を惜しんでフルタイムで楽しんでおります。

実は私の趣味はジャズです。この音楽に魅せられてからかれこれ40年近くになります。しかも約20年前から歌うことに興味を持ち、赤坂のリトルマヌエラ(http://www.littlemanuela.com/)や北新地のヌーボー(これらの店は生演奏でアマチュアが歌ったり楽器を演奏できる店)でお金と時間を使っておりました。と言うことで、台湾に赴任してからの最初の仕事は台湾ジャズ事情を探ることでした。会社も少し慣れてきたので、社員に聞いてみましたが誰も知りません。ゴルフコンペの日本人に尋ねても、せいぜい聞いた事が有る程度。。。さすが林口北路のママさんは何軒か知っていると、親切にも案内して頂いたのですが、ギャップが有りすぎて声も出ずという心境でした。(でもこの親切な心はさすがだなーと思いました。)

そうこうしている内に、大場さんの好きそうな店が出来ましたよと数人の方に教えて頂きました。あちらこちらで話しておくべきですね。
店の名前はSwing、光復南路仁愛路口の近くです。日本人の桑原さんがピアノ兼オーナーで、時々プロのミュージシャンも来られてジャムセッションを行ってます。
私も何回か歌わせていただきましたが、やっと出会ったと言う感じで、台湾生活も更に楽しくなりそうです。
結婚式にて ※ クリックすると拡大します

 台湾で経験してみたいこと、チャレンジしてみたいことなどがございましたらお教えください

台湾の自然や文化と親しむ事が出来ていないので、これから少しずつ体験しようと思っております。お勧めのところがあれば教えてください。

 大学時代の思い出につきまして。どのような学生生活を送られましたか

入学して一番印象に残った出来事は、何と行っても春の早慶戦を勝利し優勝した六大学野球でした。毎回応援席に陣取り肩を組んで応援歌を歌ったり、叫んだり、そして大観衆の中で感激したことを鮮明に記憶しており、この時初めて慶応に入って良かったなーと思ったものです。でも、それ以降は卒業まで優勝は無かったと思いますので、貴重な体験でした。
学生時代の思い出は自由気ままにとにかく楽しいことばかりでした。
ゼミでは野球担当とコンパ責任者として活動しましたが、余り勉強はしなかったですね。

クラブはアイスホッケーを選びましたが、スケートリンクの営業時間外に試合や練習を行う為、練習後の夜遊び癖がついてしまいました。失敗談としては早朝練習終了後、日吉の大教室で寝てしまったのですが、暫くして様子の異変に気がつき何気なく周りを見てみると、私の一列以外は満席状態、起きようかどうしようか考えましたが結局最後まで寝ることにしました。あーしんど。

ジャズと出会ったのもこの頃です。クラスの友人がジャズ好きでよくジャズ喫茶に行ったものです。初めて好きになったLPレコードはソニークラークのクールストラッティイン。なんとも哀愁感のあるメロディーと、タイトスカートの女性が颯爽と歩いているジャケットが素敵でした。


在台湾池井ゼミ出身者
(現在は4人になりました)
アイスホッケー
前列右側
ソニークラーク
レコードジャケット


 愛読書、座右の銘、お薦めの音楽、CDなどがございましたら、ご紹介ください

座右の銘とかは特に有りませんが、私のモットーとして一日一日を有意義に過ごす事を心掛けています。時間が勿体無いですからね。

お薦めのCDはダイアナ クラールのライヴ イン パリス。彼女はピアニスト兼ヴォーカルですが、何ともかっこいいのです。コンサートの時は斜めに客席を向きながらピアノを弾き歌います。ピアノのスタイルはナット キング コール(有名な歌手ですが、オスカーピーターソンにも影響を与えたジャズピアニストでも有る)を彷彿させるスウィンギーなタイプです。
次はお薦めのミュージシャンとして小川理子(本名おがわみちこ、通称りこ、www.riko-ogawa.net/)さんを紹介します。彼女は理工学部卒業の後輩で松下電器産業に勤務しながら、東京、阪神間を中心にライブ活動をしており、日本ではプロでも珍しい、ハーレムストライド奏法で演奏する力強いタッチが魅力のプレーヤーです。

ハーレムストライド奏法とは1910年から20年代にかけてニューヨークのハーレムで流行し、手を交差させながらベース音も弾いてしまうスタイルで、ジャズピアノの原点とも言われております。
船上のピアニストと言う映画を見られた方はご存知だと思いますが、あの時のピアノ演奏がまさにこのスタイルでした。

小川さんはこの他にスタンダードナンバーの弾き語りも魅力的です。11月には台湾に来る予定ですので、素晴らしいピアノとヴォーカルを楽しみにしてください。


送別会にて(赤坂リトルマニエラ)
PIANOの女性が小川理子さん

 台湾三田会の会員の皆さんにひとことお願い致します

台湾に来て初めて三田会に入りましたが、台湾の素晴らしい方々と交流できるこの会は最高だと思います。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。


□□□
□□
Profile




    1948年 埼玉県浦和市で生まれ、小学1年より東京都杉並区に転居、現在は神戸市御影に妻と2人で住んでおります。
    1971年 慶応義塾大学法学部政治学科卒業。池井ゼミナール、及びKMCアイスホッケー同好会に所属。
    同年 富士ゼロックス(株)に入社。銀座営業所を振り出しに、営業人生一筋。
    2003年6月 台湾富士ゼロックス(台湾全録)に董事として出向。






□□
□□□